名古屋高等裁判所 昭和44年(行コ)2号 判決 1970年8月31日
名古屋市守山区小幡字米野九四番地
控訴人
中村規次
右訴訟代理人弁護士
武藤鹿三
長谷川弘
武藤鹿三訴訟復代理人弁護士
田口哲郎
名古屋市西区北押切町二二番地
被控訴人
名古屋西税務署長
吉田道弘
右指定代理人
野々村昭二
服部勝彦
加藤元人
井原光雄
山下武
右当事者間の課税処分無効確認請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三八年四月二〇日付でなした控訴人の昭和三六年分所得税の譲渡所得金額を八、五五五、六〇〇円と更正した処分のうち、四、二七五、六〇〇円をこえる部分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
証拠欄中、「証人菅尾茂一郎」とあるを「証人管尾茂一郎」と訂正する。
(控訴代理人の陳述)
一、本件課税標準認定の不合理性
所得税の課税標準たる所得税は、実額が認定可能な限り実額課税さるべきは当然であり、課税標準の推計が例外的に許容されるのは調査書類の不存在か、若しくは納税義務者が非協力なため課税標準の認定が不可能であり、かつ、推計に必要な一切の事情を考慮したうえ、最も実額に近似すると推定される金額を推計しうる合理的根拠が存在する場合に限定されるべきである。
本件において、控訴人の昭和三六年分所得税確定申告に対し、被控訴人側は、
(一) 本件土地が訴外宮崎不動産の店頭に坪当り一二万円で売りに出されていたこと。
(二) 本件土地が訴外山内から、控訴人が山内に売却した昭和三六年一〇月二〇日以前である同年一〇月一三日に金二一、〇三七、五〇〇円で売却されていること。
の二点を理由として、本件土地の時価を二、〇〇〇万円と把握し、これより山内の転売利益二〇〇万円を控除した金額一、八〇〇万円を控訴人の譲渡代金と認定している。
しかしながら、本件においては、控訴人と訴外山内との間の一、〇〇〇万円を売買代金とする不動産売買契約書が存在し、かつ、登記簿上右山内が表示されているのであつて、比較的実額の認定が可能な筈であり、必ずしも間接事実に頼ることなく、課税標準を定め得たことは明らかである。
すなわち、本件土地の買手である訴外山内が存在していたことは登記手続が可能であつた点からすれば明白であり、被控訴人において直ちに山内を調査すれば売却価格は容易に判明し得たものであるにかかわらず、宮崎不動産の店頭価格を基準として更正処分したのは、前記の見地から違法といわざるを得ない。
その後、右更正処分に対する異議申立があつて、始めて右山内の調査を開始したが所在不明であり、かつ、契約書の日付の前後関係から、直ちに控訴人が訴外東洋運搬機株式会社に直接売却したものであると認定し、一部取消の決定をした。
右認定も極めて安易な推認であり、単に契約書の日付だけから、登記簿上表示されている山内の存在を否定しているのである。
更に、控訴人が名古屋国税局長に対し審査請求の申立をするや、漸く関係者の調査が始まり、山内が本件売買に関与せず、他の第三者が介入していたことが判明した。しかし、さすがに控訴人が直接東洋運搬機株式会社に売却したとする原処分は維持できず、一割の転売利益を控除して推計課税をなしたのである。
以上の経緯からすれば、結局本件譲渡金額推計の基礎となつたものは、宮崎不動産の店頭広告による本件土地の価格から認定されたことに帰着することは明らかである。
したがつて、本件推計課税は、被控訴人においてその職務の誠実な遂行として当然に要求せられる程度の調査によつて実額課税が把握し得たのであるから許容されないものであることは明白であり、右義務の懈怠による推計課税の不合理の招来は、控訴人に対する課税処分につき重大かつ明白な瑕疵が存するものと解すべきである。
(証拠関係)
控訴代理人は、新たに甲第二号証を提出し、当審証人山内忠雄、同洞口清の各証言を援用し、乙第四号証の成立を認めると述べた。被控訴代理人は、新たに乙第四号証を提出し、甲第二号証の成立を認めると述べた。
理由
当裁判所の審理によるも、控訴人の本訴請求は失当であり、その理由は、次に付加訂正するほか原判決理由説示のとおりであるから、右記載をここに引用する。
(一) 原判決理由第二項の事実認定の資料として、成立に争のない甲第二号証および当審証人洞口清の証言を加え、同項の末尾に次の判断を追加する。
もつとも、成立に争のない乙第四号証、当審証人山内忠雄の証言を併せて考えると、控訴人より本件土地を買受けたと主張する訴外山内忠雄なるものは、当時不動産業の手伝いをしていたものであつて、右売買契約には全く関与せず、同人不知の間に、山内以外の第三者が山内の氏名および印鑑を冒用して控訴人との間に右契約を締結し、これを直ちに訴外東洋運搬機株式会社に転売して各売買契約書(乙第二、第三号証)を山内名義で作成したことが窺われるけれども、右事実は未だもつて原審認定の事実を覆えすに足りない。
(二) 原判決理由第三項(原判決書七枚目表八行目)中、「証人菅尾茂一郎の証言」とあるを「証人管尾茂一郎の証言」と訂正し、その次に「同中村平の証言」を付加し、同項(2)(原判決書七枚目裏四行目)中、「原告が訴外山内との間の土地売買契約書として提出した乙第二号証」とあるを「原告と訴外山内なる者との間に作成された本件土地売買契約書である乙第二号証」と訂正する。
(三) 原判決理由第四項の末尾に次の判断を加える。
もとより、所得税の課税標準たる所得額は、実額が認定可能な限り実額によるべきことは控訴人主張のとおりであるが、右申告額が税務署員の調査した時価に比し著しく過少であるときは、被控訴人税務署長は、他の資料より右所得額を推計のうえ更正決定することが法律上許容されている。そこで本件においては、前示認定のとおり控訴人が売却したという相手方は実在の山内忠雄ではなく、乙第二号証の売買契約書も措信し得ず、実額を把握することができないため、不動産仲介業者の店頭掲示にかかる本件土地の売値および転買人東洋運搬機株式会社の買取価額より、控訴人の譲渡所得金額を推計のうえ更正決定したものと認められるから、右推計課税が著しく不合理なものとはいえない。しかも、右所得推計に当り資料蒐集の手続においてそろうがあつたかどうかは、当該行政処分に重大かつ明白な瑕疵があつたか否かの判断には直接関係がないのみならず、本件において誤つた資料を基礎に所得額を推計したものとは認められないし、所得金額の誤認のごときは、当該処分の取消事由となるは格別、直ちに右行政処分を当然に無効ならしめるほど、外形上客観的に一見して看取しうる重大かつ明白な瑕疵ということはできない。
よつて、当裁判所の判断と結論において同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 土田勇 裁判官 高橋爽一郎)